株やFX、その他の勝負事などで、勝ち負けを決める要因は何でしょうか。
企業分析力の巧拙?
それは確かにあるでしょう。
チャート分析力?
あまり当てにならなさそうですが、否定もできません。
資金力や投資規模?
明確に有利になるでしょう。
インサイダー情報?
超有利になりますが犯罪です。
一般にはこのような
- 技術
- 資本
- 情報力 etc.
の有無により勝ち組と負け組に分かれると解釈されることが多いようです。逆に言えば、技術・資本・情報に差が無い完全な機会平等であれば、みんな似たような戦績になる感じがしますよね。
しかし実は上記のような巧拙の要素が全くない「完全な機会平等の世界」でさえも現実社会のように激しい格差を生む…というお話を紹介したいと思います。
前回記事では別視点から似たような解析を行っているので併せてお読みください!
今回の手法と目的は下記の通りです。
- 投資勝敗の動きを完全ランダムだと仮定
- 取引を繰り返すごとに資産はどのように推移するのか
- 資産格差はどのように広がっていくのか
を検証していきます。
計算条件は
- 1取引で50%の確率で資産の2%を失う、50%の確率で資産が2%増える
- 大人数(無限)がこの取引を延々と繰り返す
- それで全体的な資産分布がどのように変化するのかを分析
たったこれだけの非常にシンプルなものです。シミュレーションではなく数学的に解いて試算したので初期資金とかサンプル数という要素はありません。(逆に言うとどのような初期資金やサンプル数でも当てはまります)
具体的には二項分布の確率密度関数の積分なるものを繰り返す作業なのですが、延々と数学的証明を書いても全く面白くないので全部割愛します!
実際はエクセルにBINOM.DISTという関数を入力するだけです
エクセルを作った人は凄いな~
というわけでさっそくグルグルっと計算しました。資産分布はどのように変化したのでしょうか?
結果:凄い格差が現れた!
取引1万回まで計算した結果です。
資産シェアの推移
取引行動の試行回数が増えるに従い、資産のシェアは下グラフのように推移します。縦軸が上位X%の集団の全体に対する資産シェア、横軸が取引試行回数です。
上位の人の持ち分がどんどん増えていますね
はい。でも表示がやや抽象的なので、例を挙げて補足します
例えば
- 対象人数1000人
- それぞれ100万円を持ってスタート
→即ち市場には全部で10億円があり完全平等に配られている - 全員1万回の取引を繰り返す
このケースだと、最終的(取引1万回目)にはこうなるという意味です。
ちなみに中央値*は13万8000円。平均値は当たり前ですがピッタリ100万円(→全員あわせて10億円を保有)です。
*ちょうど真ん中の人(500位)の資産
ジニ係数の推移
せっかくデータができたのでジニ係数の推移も算出してみました。ジニ係数というのは社会学でよく使われる不平等さを表す数字です。
- 最小値は0(完全平等で全員が同額を持っている状態)
- 数字が大きくなるほど資産や所得が不平等に分配されていることを示す
- 最大値は1(トップの1人が全ての富を独占している状態)
下記が取引回数とジニ係数の推移です。
1万回目のときのジニ係数はなななんと0.8427でした!
正直ピンとこないです。
では現実世界の所得格差を図に書き込んでみましょう。
各国の数値はGLOBAL NOTEより
スタート(完全平等)からノルウェーのような平等社会、日本、南ア、革命が起こるレベルを経て、どんどん格差が広がっていました。なお、日本の状態は取引を概ね1180回程度繰り返した状況となります。これを深く調べると面白いことが分かったのでまた別記事にしたいと思います。
(2021/2/28追記 記事にしました!↓)
考察:なぜ格差が生じてしまったのか?
普通の感覚だと、勝負がランダムならみんなが勝ったり負けたりしながらも、そこそこ平等な状態がずっと維持されそうな気がします。なのにマクロ的にはとんでもない格差が生じてしまう理由。それは
いったん撃沈した人が這いあがるのは極めて難しい
ということです。
ここでミクロな取引を見てみましょう。例えば
- 100万円でプラス2%なら102万円
- 負けたら98万円
このケースだと98万円から100万円に戻すには2%のプラスでは足りず、約2.041%の勝ちが必要になりますよね。1回の取引では大したことありませんが、このような取り返しにくい損失が累積してほとんどの人は負けてしまうのです。そして、ごくごく低確率で致命的な負けを全て回避して資産を増やし続ける人が現れ、ひいては資金が彼に集まってくる…という構造。
人間の直観に反するのですが、投資能力や有利不利が全くないランダムでも格差はどんどんと広がっていくというお話でした。突き詰めるとエントロピー論とか難しい話になるのかもしれませんが、とにかく自然の摂理だったのですね。
エントロピーの増大か…。
物は自然に下に落ちる。
熱いコーヒーは自然に冷める。
そして格差は自然に拡大するのです
敗者のゲーム
上記の結果には投資態度に対する一つの示唆があります。
自然によるとんでもない格差は「取り返しのつかない小さな損失」の累積によって起こります。ではこの集団で生き延びるためには何をすればよいのでしょうか?一番いいのは勝ち続けて上位10%となり、さらには上位1%や0.1%になることです。でもこれは運なのでどうしようもありません。
唯一の確実な道は「試合放棄」。
言い換えれば、勝つことを諦める代わりに絶対に負けないようにすることです。チャールズエリスの著作「敗者のゲーム」にはこんな一節があります(使われた背景は少々違うのですが)。
アマチュアは敵に倒されるのではなく、自分自身に倒されるのだ。
もちろん勝者のほうが敗者よりスコアが良いわけだが、勝者がより多くのポイントを勝ち取ったと言うよりは、敗者がより多くのポイントを失ったと表現するほうが適切である。
チャールズ・エリス「敗者のゲーム」
行方の分からない勝負を拒否し、不確実な乱数を遠ざけ、絶対確実なポイントだけを重ねながら、他人が落っこちるのをただ待つことです。暇だったら床に落ちてきた資源を無料で拾いましょう。そうすれば相対的順位は確実に上がっていきます。
めちゃくちゃかっこ悪いね!
立派なカメの戦略と言ってくれ><;
元本保証商品でどうにかインフレヘッジし、とにかく資金を減らさない。勝負事は自信家に任せておけば良いのです。
「酷い現実」と「平等主義」
そして現実の世界は上記のランダム世界よりずっと厳しいはずです。だって
勝ち組=資本や技術やコネや独占を勝ち取った人
彼らは所有資源を基に次の勝負の勝率が上がるのですから。逆もまた然りです。単に自然やランダムに任せただけでも格差が広がるのに、人間の(経済)活動や欲はさらに格差を広げる方向に働きます。
一方で私たちは「平等であること」を良しとしています。これが人間のよいところ。だからこそ社会や政府は富の再配分を行い、強い者から弱い者に富を移転する仕組みを作るわけです。累進課税しかり、社会福祉しかり、寄付活動しかり。でもこれら制度の構築や運営が必ずしもうまく行っていないのは、もしかしたら「自然に反している」せいなのかもしれませんね。その制御は容易ではありません。
数学や統計は神様が作ったものであり、宇宙のどこに行ってもひっくり返すことはできない。
世界はナチュラルに不平等
われわれ庶民はそれを認識したうえで頑張って行くしかなさそうです。
おまけ:格差が産んだ進化論
そして壮大に飛躍した中見出し!こちらはほぼ戯言です。
今回の統計学的検討はなにも金融市場そのものを表現しているわけではないですよね。単に数値の流れを追ったものに過ぎません。
そして自然界には、ランダム性のあるもの、すなわち投資の勝敗のように結果がわからない選択肢が溢れかえっています。例えば
- 危険な狩りの成功率
- 飛んで行った植物の種がたまたま落ちる場所
- 捕食者から逃げる方向
- 誰と群れをつくるか
- DNAの変異 etcetc…
などなど。言うなれば生物活動とは延々とランダム取引を繰り返しているようなものであります。
今回の統計的結果が示すのは、ほとんどの個体は負けまくって子孫を残すことなく死んでしまうだろうということです…。そしてその中でたまたま勝って勝って勝ちまくった個体/集団がおり、彼らが子孫や種族を残してきたという見方もできます。
1000億回の勝利を収めた上位0.00000000000001%のバクテリア。それが現在の私たちなのかもしれません。
つまり、もう十分に勝負してきたのだからそろそろ試合放棄してもいいんじゃないかと思います…という独身の言い訳。
まとめ:勝てる投資より「負けない投資」
まとめです。
今回の検証ではランダムという自然状態でも必然的に格差が生まれてしまうことが分かりました。
- 自然がもたらす格差社会
- 人間倫理が目指す平等社会
どちらが正しい姿なのかはわかりませんが、多分前者が正しいのでしょう。「平等」とは人間が勝手に作った不自然な概念だとも解釈できます。
ですが!
我々が個人レベルで考えると
負けたら悲惨
総論賛成!各論反対!です。
だから負けを避けて競争を放棄し、地道にコツコツと積み上げていくのが正しい投資法&生き様です。夢見ず真面目に貯金を増やしましょう。
専守防衛投資は、カメの道です!
こんにちは
面白い考察ありがとうごさいます!ピケティさんの理論もこの延長線上にある気がじす^_^
>ヒロヒロさん
コメントをありがとうございます!
そうですね、ピケティの論は「不動産や株などのリスク性商品の方が期待値的に有利」ということが書いてのですが、
あちらは「元手が必要なプラスサムゲーム」ですね。
こちらの考察はゼロサムですが、それでもなお格差が広がるということを示します。
そのうえにピケティの方式があわさるので加速されるのです!
恐ろしいですね~
ブルーバックスでも読んでいるようで面白かったです。
また、少し前にどこかの記事で数学的に格差は拡大するというのがありましたが、こちらを読んでよくわかりました。
まとめについて、私ならこうまとめるかもしれません。
ジニ係数から見て取れるように、ある閾値になると革命が起こる。それによって格差のリセットがかかる。
また、その時には多くの命が失われ種としては損失になる歴史が繰り返されてきたものと思う。
それを回避した個体が残り、格差が一定水準以上に拡大させないような形質が優先的に残ったのがヒトである。
また、弱者をあっさりと切り捨てられないのもヒトの特徴。
この様に感じています。
今回のコロナや温室効果ガスなどもまさに格差の是正がどこまでできるか試されてるような気がする。
ワクチンや治療薬はお金持ち国家には有利に働き、貧乏国家では更に貧困に沈む。
地球温暖化の原因は温室効果ガスでその原因の多くは富裕国。一方で防災対策が脆弱な国家ではより甚大な被害になりやすい。
株式にしても富裕層は様々な富に投資ができるが貧乏人はそれが困難。単純な2%利回を得るには分散投資ができなければボラリティーが大きくなりすぎて個人では負いきれない。この辺り富裕層と同じ土俵にすら立てず実際には利回りそのものにも大きな差があるのではないかと思ってしまう。
>tkさん
詳細なコメントをありがとうございます!
数学的考察が役に立ったようでよかったです。
極端な格差が生まれないよう、革命ではなく世界規模で再分配が起これば一番良いのですがね…
一人勝ちした人たちがちゃんと配る気になってくれないと庶民は困ってしまいます。
また当ブログをよろしくお願いいたします!
面白かったです。
> ちなみに中央値*は13万8000円。平均値は当たり前ですが100万円です。
と書かれているので、市場にある10億円は保たれる計算なんですよね。
>tthさん
いつもコメントありがとうございます!
はい、10億円は市場から消えていません。びっくりするほど中央値が低いのですが、1000人のたとえだと上位から100位ごとの保有資産は下表のようになります。
1位 66714796
100位 1786296
200位 740838
300位 390605
400位 227562
500位 135281
600位 82063
700位 47809
800位 25207
900位 10454
1000位 ≒0
エクセルなんかでグラフを書くとよく分かります。これだけでも凄まじい格差なのですが、サンプル数は無限に増やせるので実際には0.1位とか0.01位…に当たるも存在していて0位に漸近してどんどん資産が増えていきます。
自然とこんなに偏っていくのは面白いなあ…と思い記事にした次第であります。
またよろしくお願いします!